Apr.13.2022

/ 一生モノ

バングラデシュのディープスポット!過酷な労働をする人々を見て考える「船の墓場」

これから解体される大型船。人との対比でその大きさがわかるだろう

「旅」イコール「観光」ではありません。旅は未知のものを見て知ることであり、また体験でもあります。何気ない風景の中にも自分に訴えかけるものがあれば、それは旅の一コマになるでしょう。数年前のことですが、バングラデシュで見た忘れられない光景があります。それは「船の墓場」と呼ばれる場所で、巨大なタンカーとそこで働く人々の姿です。今回は1枚の絵画のように心に残ったその場所についての話です。

チッタゴンの旧港ショドルガット。河川が多い町では、今でも小舟が庶民の足になっている

バングラデシュにある「船の墓場」

ベンガル湾に面し、国土の大半が大河の下流域にあるバングラデシュ。この国は日本の約4割の面積に約1億6000万人がひしめく、世界でも人口密度が高い国のひとつです。インドとパキスタンの分離独立を経て、1971年にバングラデシュとして再独立しましたが政権は安定せず、経済的にも世界の最貧国のひとつです。

私はバングラデシュに何度か行きましたが、その中で強い印象を受けた場所がありました。それが第2の都市チッタゴン郊外にある「船の墓場」です。タンカーなどの大きな外洋船は、寿命を終えて解体される時に、アスベスト、廃油、ガスなどの有害物質が出ます。また人手も必要で、解体費用もかなりかかります。20世紀中頃までは日本も世界有数の船舶解体国でした。しかし今では、コスト的に解体作業の多くはバングラデシュやインド、パキスタンなどの南アジアで行なわれるようになりました。

バングラデシュ最大の資源は、低賃金で働く人間です。なのでこの国に、危険な解体作業を行う「船の墓場」ができたのは当然のことかもしれません。

解体現場で働く人たち

手作業で船を解体していく

この船の解体場ですが、一般に公開されているわけではありません。そもそも工事現場なので非公開です。また、労働や安全、環境などの基準を守っておらず、毎年多くの死者を出しているので、会社としてはあまり見せたいものではありません。違法かもしれませんが、かといってそんなことを言ったらバングラデシュ中の作業現場が違法になってしまうので、ここでは誰も気にしていません。しかしそれをメディアに報道されると、政府も何かせざるをえなくなります。なので私が行った時も、解体現場ではジャーナリストを警戒していました。

解体作業場に着いた時はちょうど海は干潮時で、大きなタンカーが見えました。ここには解体するようなドックはありません。どうするのかというと、満潮時に船を砂(泥)浜に突っ込ませて乗り上げさせます。止まったところが船の解体作業場になるのです。

最初にディーゼル燃料、オイル、消化剤など、危険な液体をすべて汲み上げます。これらはみな再利用されます。次に船から使えるものを取り外します。解体場の周りには、船から外した真鍮品や家具、潜水服、計器など、日本の骨董店が欲しがるようなものを売る店が多くありました。それがすむと解体作業に入りますが、これがほとんど手作業。かなり危険で死者もよく出るというのです。ひとつの船を解体するのに3〜4ヶ月かかるようです。

解体現場近くで見かけた救命ボート置き場。これも再利用されるのだろうか

大きな力も打ち砕く

手前では解体が進んだパーツをさらにバラしていました。こうして得た鉄は現地で再利用されるのです。海には動かなくなったタンカーから延びるワイヤーを、数十人がまるで綱引きのように引っ張っているような姿が見えました。その程度の人数で船が動くはずはないので、ワイヤーをつけていたのかもしれません。沈む夕日に映る巨大な船は、海の怪物であり巨大な力の象徴であるリヴァイアサンのようにも思えました。その手前にいる人間のなんとちっぽけなことか。ぼーっと見ていると、手前で休んでいた作業員の若者がこちらに手を振りました。ひとりひとりの力は小さくとも、結局は巨大なものでも打ち壊してバラバラにしてしまう人間の力。私は彼らの姿を目に焼き付けました。

手を振る青年。多くの労働者たちが今もここで働いているはずだ

バングラデシュの船の墓場。実際に見てみると単純に劣悪な環境で働かされているかわいそうな現場とは言い切れないものを感じました。極端な話、私たち日本人が裕福でいられるのも、こうした汚れ仕事をしてくれる人たちがいるからという複雑な思いもありました。ただ、素手で世界に立ち向かう爽やかな彼らの笑顔が救いでした。そんなことを考えさせられた旅も、“一生モノ”の旅なのです。