Apr.17.2022
/ 一生モノ
「世界で一番美しい夜景」と言われるボリビアのラ・パス

南米にあるボリビアという国を知っていますか? 国の大半はアンデス高地にあり、標高3650メートルにあるラ・パスは世界で最も高い場所にある首都です。人口は約76万人ですが、隣接する人口約83万人の都市エル・アルトとくっつき、大きな都市圏を形成しています。さて、このラ・パス、南米を旅している旅行者たちの間では、「世界で一番美しい夜景」と言われています。香港、函館、ナボリ、モナコ…。夜景が美しい都市は世界に数多くありますが、なぜ高層ビルも少ないこの都市がそう言われるのでしょう。私はラ・パスに着くと、その理由を知りたく夜景を見に行ってみました。
富士山頂の高さにある首都

ボリビアの観光地でもっとも知られているのは、ウユニ塩湖でしょう。その次がポトシやスクレといった植民地時代の世界遺産都市です。今回紹介する首都ラ・パスもそんな歴史遺産が残るコロニアル都市。しかし南米のどの国の大都市もそうなのですが、治安はあまりいいとは言えません。なので素通り、あるいは乗り継ぎで立ち寄るだけという人も少なくありません。そんな訳で私もあまり期待せずにラ・パスを訪れました。
ラ・パスは高低差のある都市で、よく“すり鉢”に形容されます。すり鉢の高いところは標高4000m近く、低いところは3000mほどと市内の高低差が1000m近くもあるのです。基本的にはすり鉢の底にお金持ちが、高いところに低所得の人たちが住んでいます。お金持ちの方が濃い酸素を求めているからでしょうか。しかし近年はすり鉢の内側の土地もいっぱいになり、その縁の上に続く高原台地のエル・アルト(「高地」という意味)にまで、町が溢れています。ラ・パスの空港はこの平らなエル・アルトにありますが、その標高は約4062m。世界でもっとも高い場所にある国際空港と言ってもいいでしょう。
空気が薄い場所ではどうなる?

ラ・パスで一番気をつけなくてはならないのは高山病です。もし日本から飛行機を乗り継いで直接エル・アルトの空港に降り立ったとしたら、たいていの人は酸素が薄くてふらふらするでしょう。私は低地から2週間かけて体を慣らしながら登ってきたので、高山病にはなりませんでしたが、空気が薄いのは大変でした。この街は平らなところが少なく、ちょっと出かけるにしても必ず坂の上り下りがあり、その度に息切れしてしまうからです。
よく旅人の間では「ラ・パスには消防署がない」と言われていますが、消防署がないのではなく、酸素が少ないので火事が少ないらしいのです(家が木造ではなく日干しレンガで作られているということもあります)。タバコの火も吸っていないと消えますし、炭酸飲料は気をつけないと、開けた瞬間に激しく泡が出ます。体が比較的慣れてきた私でも、階段を登るのは休み休み。カメラのシャッターを押す瞬間に一瞬息を止めるだけでも、息苦しくなるほどです。なので、ここで走ったり飲酒をしたりはかなりキケンな行為なのです(笑)。
ロープウェイに乗って町を見下ろす

私が行ったのは雨が少ない初春で、空気は澄み遠くの雪山もよく見えました。まず町の全景を見ようと、ラ・パス市内と崖上のエル・アルトを結ぶテレフェリコ(ロープウェイ)に乗ってみました。ラ・パス市街の駅から終点エル・アルトまで約500mの高低差を、約10分で登ります。

出発したゴンドラはたちまち街の上を通過していきます。眼下に見えるのは、すり鉢の縁の貧しい人々が住む地域。治安上、旅行者が立ち寄ることはありませんが、こうして空の上からだとのんびりと人々の生活ぶりが見られます。気になったのは、正面の崖の割れ目に垂直に突き刺さっている車が見えたことでした。崖の上から落下したのか、運転手はどうなったのか気になりました。終点のエル・アルト駅には展望台もあり、ラ・パス市街を見下ろせました。もっとも途中のゴンドラからの風景で、私はすっかりラ・パスと遠くの山々の絶景を堪能していました。
夜景を見にタクシーで

次はいよいよ目的の夜景です。夜景を見るポイントは2つあります。ひとつは市街を見下ろす高台。もうひとつが、すり鉢の中から周囲を見渡すというものです。上から街を見下ろすというのは他でもありそうですが、街の真ん中から周囲にせり上がっている家の明かりを見るというのは、そうそうないでしょう。ただし問題もありました。ラ・パスの治安は夜になると特に悪くなります。しかしどうしても夜景が見たく、私はホテルで身元のしっかりしたタクシーを呼んでもらい、暗くなってすぐの夜7時に展望台に行くことにしました。
市の中心部のサンフランシスコ寺院付近から、タクシーで約20分のところにある「キリキリ展望台 Mirador Killi Killi」は、ふつうの住宅地に入口がありました。タクシーを待たしてひとりで階段を上り、おそるおそる夜の公園に入っていきます。意外にも、時間がまだ早いためか、家族連れや犬の散歩に来ている人もいて安心しました。香港などの大都市の夜景は、高層ビル群のライトが美しいのですが、ここは違います。すり鉢の縁へせり上がる傾斜にあるのは、どちらかと言えば貧しい人々の住宅で、その一軒一軒の電球が星のように光っているのです。光量が強くないので、写真の見栄えは高層ビル群には負けるでしょう。しかしそこに見える民家の光は、人々の息づかいを感じるような温かいものでした。
三ヶ月に渡った南米の旅ですが、ラ・パスの全景は昼夜共に見応えがあるものでした。南米には素晴らしい大自然の風景がたくさんありますが、都市の全景が楽しめたのはここぐらいでしょう(街並みがいいところは他にありますが)。途中で諦めそうになりましたが、やはり無理しても夜景を見に行って良かったと思います。そんな少し心細い思い出と共に、ラ・パスの夜景は自分にとっての“一生モノ” の夜景になりました。あなたにも、そんな“一生モノ” の夜景はあるでしょうか。