May.05.2022
/ 一生モノ
ウクライナの首都キエフ 異国情緒漂う都会の心地良い時間

自分を取り戻していくような感覚

自分を取り戻していくような感覚

自分を取り戻していくような感覚
また今までのノリで、何かを訊くときは覚悟をきめ片言のロシア語で話しかけると、あっさり英語が返ってきて驚きます。私の英語なんかよりはるかに流暢で、みんながとても知的に見えます。レストランでウクライナ語のメニューと格闘し、勘で指さして注文しようとすると、「あら、裏に英語もあるわよ」。それだけでもう、キエフってすごいなと称賛モードに突入です。ホステルの部屋に入って、ルームメイトに「Hi」と英語で挨拶されただけでもうれしくなってしまいました。
何度か訪れているので、「帰ってきた」かのような安心感や、懐かしさもあります。中心部のフレシチャーチク通りは、歩道も広々とした気持ちのいい目抜き通りですが、そこから聖ミハイルの黄金ドーム修道院へ向かい、アンドレイ坂、ポディール地区まで。味わい深い街並みを毎度のごとく歩いて「パトロール」しては、満ち足りた気分になります。地下鉄やトラムに乗って郊外へ行けば、地元の人でにぎわう個性的なエリアがいくつもあり、広大なキエフでは何日いても飽きることがありません。

心にしみた笑顔のサービス
さらに都会には、マナーとしての笑顔もありました。テイクアウト専門のパスタ料理店に行ったときのこと。よく見れば隣の店のものなのに、外に椅子とテーブルがあると勘違いした私は、「ここで食べます」と言い張っていました。すると店員の女性は、困りながらも笑顔を絞りだし「持ち帰りだけなんだけど、いいかしら…」と話を進めました。笑顔につられて私も「それなら、持ち帰りで」と承諾。調理を待つあいだに、椅子が他店のものとわかったのですが、マヌケな客に対してもとりあえずは笑顔で接する店員さんのしぐさが、とても都会っぽいと思いました。些細なことですが、久々に感じる微妙な空気感です。
それのどこが都会っぽいのかと思われるかもしれませんので、ある地方での出来事を紹介します。英字で「PANCAKE」と名のついたカフェを見つけたので、パンケーキを食べようと入ってみました。けれども壁のメニューに、パンケーキが見当たりません。そこで若い女性店員さんに訊いてみると、「パンケーキはないです。マフィンやタルトはあります」との答え。パンケーキがないことより、それを一切の笑顔なしで言う点が私にはショックでした。この国では英語自体がめずらしい言葉なので、意味が店の内容と直結していなくても気にならないのだろうと推測しましたが、厳しい口調でピシャリと言われてなんだか落ち込んでしまったのです。
そんなとき、自分の感覚とは違う世界があることを思い知らされます。でも世界中が同じだったらつまらないのです。「これも旅の醍醐味。私はこういう違いを知るために旅をしているんじゃないか」と自分に言い聞かせました。こんなことが重なっていたころ…先に書いたような店員さんの笑顔に出会い、忘れていた感覚を思い出したのです。「コレよコレ!」。無償の笑顔が都会ならではだと。

地方から来たせいで、気づくこと
もちろん地方には地方の良さがあります。それを求めて出かけていき、楽しみました。長い旅のそのあとだからこそ、キエフならではの良さが、今までにない小さなレベルで浮き彫りになったのだと思います。どこから来るかによって、町の印象は変わるものなのですね。旅行者の勝手な解釈ではあるのですが、そこで新たな魅力が加わったりもするのです。
地方を旅行中、ウクライナ人の旅人と出身地の話になって「キエフ」と答える人は、いつもどことなく複雑な表情だったのを覚えています。「人が多くて…」「忙しい町だから…」とネガティブな言葉がつづき、真正面から「故郷のキエフが大好きです!」と言っている人はいませんでした。外国人はたいてい故郷が大好きで、大きな誇りをもっているというイメージがあったので、意外でした。
住んでいる現地の人は胸を張って「好き」とは言わなかったキエフですが、私は声を大にして「キエフが好き」と言いたいです。1000年以上の歴史をもち、目を見張るような建造物や美しい風景があるばかりでなく、そこには現代的で洗練された人々がいるからです。旅人にやさしいこの町を基点に、これからもウクライナの旅を繰り返すのは確か。私にとっては、“一生モノの場所”です。自然あふれる田舎や、のんびり時間が流れる地方都市より、大都会キエフのほうが気楽に過ごせるという不思議。それに慣れるとまた刺激を求め、地方に行きたくなるのかもしれません。